Winny

あのころの話をしようか。
WinMXで逮捕者が出てしばらくは、Download板は騒然としていた。ユーザ達は騒然と安全なネットワークを探し始めたんだ。Freenetというものがあった。あの共有ソフトはもっと高尚な目的を持って作成されたものらしいけれど、あの頃の人々は単に、安全に早く大きなデータを落としたかった。それだけだ。
WinMXはその人の共有しているファイルの一覧が見えて・・・他人の趣味がのぞけたんだ。あの頃は直接会話をしながら友達になり、ファイルを交換しては絶交していたんだ。あの頃は朝方になるまで起きては大量キューを投げて、廃人が寝静まったころにファイルを奪っていたんだよ。懐かしい、懐かしいね・・・queueを「くえうえ?」と呼んでいたあのころ。
47氏掲示板に書き込んだんだ。本当は47より以前にも書き込みがあった。そうして、名前が決まり、アイコンが決まり、実装要望が出て・・・僕らは、単にファイルを共有したいだけじゃなかった。警察がうざくて、JASRACがむかつくのは規定事項だとしても、もっと安全で、もっとむちゃくちゃな、ファイルが死なない仕組みを、自由に発言できる場所を、帯域の制約を超えたかった。もっと光を!
そうして、光ファイバは広まり、HDDも飛ぶように売れ、一部は神となり、いくらかはうたたねに引き籠もり、いつのまにかWinnyのバージョンが上がり、掲示板機能がついた。Winnyの上でWinnyが配布され、彼らはつかのまの安寧を得た。そして、掲示板はHTTPで参照できるようになり、スレ立て者の一人が逮捕された。作者も、逮捕された。
その時点で死ぬと思われたWinnyも、しばらくは後釜が現れず、やがてShareが出来た。あまりに名前が一般的すぎて、かつ、本体をどこから落としていいものか分からないため、広まりが遅くなった。雑誌は出た。みんなが嫌いなねとらん、それに類するソフトの使い方を解説する本だ。アイドルのそっくりさんが脱いだだの何だの、テレビを見ない僕らにはさっぱりどうでもいいことが書いてある。それでもすごいはエロパワー。今じゃ50万人を超える利用者に。そして、スクリーンをキャプチャするウィルスが登場した。
WinnyWinMXには、昔からウィルスくらいあったんだ。それは、HDDを全部消した上で全部0で上書きして、さらに乱数で埋めてくれるという、親切なソフトウェアで、全部のデータを集め直す楽しみを与えてくれた。そんなの、恐ろしくも何ともない。また落とせばいいからだ。データは無くならないからだ。
それが逆に、自分のチャット中の文字やメールの内容を広めてくれるようになった。他人が飽きて、キャッシュから消してくれるのを待つしかなくなった。運が悪いと、アイコラにされて虹裏で話の種にされるようになった。
大丈夫か?大丈夫だ。僕らにはVirtualPCだってあるし、嫌なら別のマシンを使えばいいからだ。もちろん、そうやってVirtualPCウイルスバスターを落としてAutoRunでウィルスに罹る初心者も発生したのだが。
時代は流れた。NHK日本テレビ日経新聞も、官房長官Winnyという名を報道し始めた。でもたぶん、機密情報は別な場所で流れている。1024ビットの暗号鍵に乗って知らない国へと流れている。そういうパケットを追うことすらできない。僕らのマシンだって、rootkitカーネルを汚染しているのかもしれない。セキュリティに明るい三井財閥の銀行にアクセスした瞬間に、身に覚えのない本代がどこかの口座に流れているのかもしれない。
それがブロードバンドの正体らしい。
欲しいのはP2Pじゃなかったし、75Mbpsでもなかった。このつまらない人生を忘れさせてくれる何かと出会うことで、それは、ある一時期は、Winnyだった。