時間ねぇー!

飢えによる死を恐怖してはいけない。本当の恐怖は、孤独にしかないのだ。そして信仰を失った我々は、他者と繋がることによってのみ孤独から逃れることができる。
お金とは時間である。交換価値性とは、得られる時間によって計られる。時間には2種類ある。自分が充実感を感じられる時間と、流れ去ることを期待する時間である。その区別は、本人にしか分からない。たとえ工場で繰り返し行動を行っている人であったとしても、その人がその時間を短く感じているのであれば、恐らくは充実した時間である。充実した時間とは、最中、自分が自分でないような感覚を得られているような時間である。
充実した時間を増やすことによって、何を行うか。それを強制することはできない。ただし、指針はある。人間形成を行うということである。人間形成とは何か。正しい判断を行うということである。正しい判断か否かは、後世の歴史が判断することになるが、歴史的普遍的な道理にかなう判断である必要はある。
人間形成を行うためには、あらゆる判断を行う必要がある。その際、自身や他者に対するあり方が問われる。あり方とは、良心に従うことである。他者に対する良心を曇らせれば、世界に対しての認知が変わる。すると、間違った判断を行うことになるのだ。
時間とは生きることそのものである。生きるということは、自信の肉体、そして他者と関わり続けるということである。本来、時間というものを管理することと、幸せは連結することはなかった。だが、社会が人間が認知不可能なほど複雑になったため、あらゆる側面で時間を管理する必要に迫られた。我々は、増殖することにより楽園を追われたのだ。孤独という名の地上に落とされたのだ。
時間を惜しみなく使い、他者のために尽せ。飢えによる死を恐怖してはいけない。本当の恐怖は、孤独にしかないのだ。